「2040年度におけるエネルギー需給の見通し」で使われたシナリオ分析(2)
角和昌浩
シナリオプランナー 株式会社フューチャーネス アドバイザー
(初出:IEEI 国際環境経済研究所)
昨年12月に公表された第7次エネルギー基本計画(案)、その関連資料(以下「関連資料」)で説明されているシナリオ分析について、シナリオ思考の専門家の立場からコメントしている(前半は以下リンク先)。
後半の今回は、シナリオ思考の理論と手法の視角から、今回の資エ庁のシナリオ分析についてコメントをする。
「アプローチ」とは何か
一般的な説明からはいります。
シナリオスタディは発注者の利用目的に沿ってデザインされる。ここではいくつかの類型的な「アプローチ」が開発されている。
大きく2つのアプローチの区分がある。
第1は「規範的アプローチ」と「探索的アプローチ」の区分。
- 規範的アプローチとはシナリオ作品の中に発注者にとって望ましい未来社会を明示して書いてゆく。
- 探索的アプローチではそうした願望は脇に置いて、世の中の多様な変化を、そのまま、ストーリーとして書いてゆく。
第2に「演繹的アプローチ」と「帰納的アプローチ」の区分がある。
- 演繹的アプローチでは、一瞬で、遠くの未来に飛ぶ。遠い未来世界の有り様を描くのだが、未来の“現実”を示すデータなど、当然のこと、今現在手に入らないので、様々な仮定を置いて -もし仮に、未来にこの条件が現れたら社会はこう変化するだろう、もしこの条件が無いとどうなるか?- 整合的な議論を積み重ねて描く。すなわち演繹的な思考実験が行われる。
- 対して帰納的アプローチでは現在から未来に向けて、これから起こりそうなことを時間軸に沿って順を追って書く。そうしてゆくうちに、未来に出現する不確実性、すなわちシナリオの分岐点が見えてくる。分岐点以降の未来は、複数想定できるから、別々のロジックで書き進むのだ。
以上のようなアプローチの違いから、下図のように4象限の組み合わせが成立する。

資エ庁のシナリオスタディで用いられたアプローチ
本題に戻ります。
実は資エ庁は、20年前の「需給見通し」作業で、シナリオ分析をやっている。2005年3月発表『2030年のエネルギー需給展望』の予備作業として行われた2004年『2030年に向けた複数の将来像と道筋』のことである。この予備作業は2005年「需給展望」、2006年「新・国家エネルギー戦略」および2007年「第1回改訂 エネルギー基本計画」に取り込まれた。
つまり資エ庁が需給見通し検討でシナリオ分析を使った事実を公表するのは、20年ぶりのことなのだ。
以下では、資エ庁による今回2024年シナリオスタディと、2004/05年のシナリオスタディのそれぞれで採用された異なるアプローチについて解説する。
2024年シナリオスタディ
まず、2024年シナリオ分析では演繹的アプローチが使われた。
求める目的解は、2040年度時点の最終エネルギー消費や電力消費、排出削減コストなど。だから、今、目前の様々な問題にかかずらわること無く、一挙に2040年のスナップショットに飛ぶ。
次に規範的アプローチを選択した。
具体的規範とは「エネルギー政策におけるS+3Eの原則」と「2030年度の温室効果ガス排出量46%削減、及び2050年ネットゼロ目標」、この2つだろう、と読める。だが、この2つそれぞれに留保を付けている。国の温室効果ガス削減目標NDC(Nationally Determined Contribution)は、むろんのこと規範性を失っていないのだが、資エ庁は、シナリオスタディが導いてきた複数の未来像のひとつには、技術進展が思ったように進まず、NDCが達成できない、望ましくない未来もある、と認めている。
「エネルギー政策におけるS+3Eのバランス」の達成のほうは、どうか? 総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(以下「分科会」と略称)での議論では資エ庁事務局側は、S+3Eがエネルギーの基本政策、と、声高に、繰りかえし説明しているが、S+3Eのバランスの内実が定義されることはない。ここには、むやみに定義しない、という国のエネルギー政策の伝統芸を見る。
S+3E(エスプラススリーイー)とは、安全性(Safety)を大前提として、安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時に実現する考え方です。日本のエネルギー政策は「S+3E」の達成が重要と考えられています。
知っておきたい経済の基礎知識~S+3Eって何? | 経済産業省 METI Journal ONLINE
ということでその分、社会に向けた規範的なメッセージは希薄になる。
ここの理由を憶測すれば、Sすなわち(原発の)安全性、プラス3Eの、安定供給、経済効率性、環境適合の4つの目標の中には、日本政府として対応策が作れない目標があるからではないか。
例えば安定供給の課題は、海外情勢の突発的変化に影響を受けるだろう。経済効率性には、他国との競争力比較が関係してくる。環境適合は、国連の気候変動問題議論の行方を見ながら、という側面がある。だから政府はS+3Eのバランスの内実を定義することが難しい、と推察できる。
以上を図示すると下図になった。S+3Eのバランスが定義されないので、そのバランスが崩れた、望ましくない未来を想定することができないのだ。

2004/05年シナリオスタディ
このシナリオ作品のフレームワークは複雑に作られている。
まず、演繹的アプローチで一挙に2030年時点の日本社会に飛んだ。そして未来の日本の社会経済イメージを想像してみたら、2つの大きな不確実性、すなわち「環境負荷の増大か? 環境適合の実現か?」と、「高成長型経済システムになっているか? 低成長型か?」この2つの不確実性が見えた。
この2つを組み合わせて、2030年時点での4つの異なる日本社会の未来像が描けた。ここでは資エ庁は、経済成長と環境問題解決の同時達成! という“規範的な”常套句を避け、2つを同時に達成しようとすると2つの間にトレードオフの起こる可能性が在る、と認めていた。この姿勢は探索的アプローチそのものである。
次に資エ庁はこの4象限の異なる日本社会の未来を下敷きにして、エネルギー問題の考察に移行した。ここで、この問題につきまとう特有の不確実性であるオイルショックの可能性をどうすべきか? ここは「危機シナリオ」と一般化して扱われた。この難題には日本の行政府の施策が効かないのだ。
以上のような準備を経て、いよいよ未来のエネルギー問題を語り始める。
そこでは「経済・環境の相乗的発展」が見られる「自律的発展シナリオ」を、あるべき未来像として描いていた。反対に「エネルギー大量消費型社会」、「環境制約顕在化シナリオ」および「危機シナリオ」は、行政府として忌避したい世界であることを、シナリオのフレームワークとグラフィックを使って説明している。ここが規範的アプローチである。 さらに、図中に矢印のグラフィックをいくつか入れて、現時点から2030年に至る道程を示唆することにした。ここでは時間軸に沿ってシナリオストーリーを語らんとする帰納的アプローチが使われている。

資エ庁は国民に対して、今後、環境意識を更に高めて、豊かさと環境適合を同時に達成できる経済社会構造を実現してゆきましょう、これこそがあるべき未来社会です、と規範的に呼びかける。
2024年と2004/05年のシナリオ分析を比較して
2024年と2004/05年のシナリオ分析の最大の違いは、検討とディスカッションのプロセスである。
2004年の作業では、資エ庁の担当官たちが、自ら、おおいに参加した。研究者や企業人を呼んだいくつものワークショップを経験し、長大な時間を使って、エネルギーの未来を語れるロジックを、自分たちで考えた。担当官たちは、わが国の経済成長と地球環境問題との間にトレードオフが存在することを語り、あるいは石油ショックの可能性を語り、込み入った論点たちをシナリオ作品に整え、公表した。
2004年時点の資エ庁は、以下のようにシナリオ分析の意義を説明した。
「将来像と道筋」シナリオの目的は、第一に、「需給展望」の読者がレファレンスケースだけを読み込んで、超長期未来のエネルギー情勢を措定しないよう注意を喚起することにある。
第二に、その在り様が複数ありうる経済社会構造やエネルギー需給構造の将来像を、読者に同時に体験してもらうことによって、エネルギー戦略に関する国民的議論がより深く、広くなることが期待されている。
資源エネルギー庁 (2004)
このころの資エ庁は、“公式の”長期エネルギー需給展望を発表する弊害に気付いていた。
企業側も、未来のことなど正確に判らないことを承知している。それでも、例えば投資規模が数千億円、プロジェクトライフが20年に亘るエネルギー関連の投資検討にとりかかる際、政府見通し以外に未来のエネルギーの姿を書いたデータがない。企業は社内で投資検討の前提条件を周知させ、フィージビリティスタディの一部に援用したいがために、政府の発表を引用していた。
資エ庁は、この事態はよろしくない、と考えた。何らかの形でクサビを打ち込んでみたい、という思いがあったことが見てとれた。
以上、昨年12月に公表された第7次エネ基案で採用されたシナリオ分析について、2回に分けてシナリオ思考の専門家の立場から解説した。今回触れた2004/05年資エ庁のシナリオ分析の詳細は、以下の論文をご参照されたい。
角和昌浩、『シナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用』、JOGMEC、石油・天然ガスレビュー 2016.9 Vol.50 No.5