論理関係について【シナリオプランニング技法】
シナリオ製作の工程において、多量のデータを取りまとめて「クラスター(cluster: a group of similar things)」に整理する「クラスタリング」という作業がある。シナリオ製作過程において、クラスタリングはファシリテーターのスキルが求められるシーンの一つ。
クラスタリングを行った後、クラスター内のデータカードが語っているストーリーを表すクラスターの名前(テーマカード)を作り、テーマカード間の論理関係を整理していくと、シナリオ製作対象の調査結果を、システムとして表現することができるようになる。

この論理関係の整理は一筋縄ではいかず、シナリオプランニング研修では、多くの研修生が苦労するところだ。というのは、「見せかけの因果関係に引っかかる罠」に陥りやすいためである。
論理関係には、シナリオプランニング第一人者であられる角和昌浩先生によると、以下三つに分けられる。
- 因果関係(Aが原因で、Bという結果が起こる)
- 前後関係(Aの後に、Bが起こる。但しAは必ずしもBの原因ではない)
- 相関関係(Aが変化するにつれ、Bも変化する)
さて、システム思考において、これらの整理が重要となる。システムは、そのシステム内の要素の論理関係(因果、前後、相関)によって構築されるものだからである。
因果関係というのは、分かりやすいものであるようだが、実はかなり奥深い。
例を挙げよう。
私が過去に担当したシナリオ研修での実際の例。研修生グループの一つは、地方スタートアップの現状について調査している。そこで以下のようなカードがあったので、私はこれは因果関係ではないかと考えた。
A:地方自治体によるスタートアップの支援が十分でない
B:小都市のスタートアップが少ない
私は、Aが原因で、Bが結果だと思った(地方自治体によるスタートアップの支援が十分でないから、小都市のスタートアップが少ない)。
ところが、ここで私と共に研修講師をされていた角和先生から指摘が入った。
因果関係が逆ではないのか?小都市のスタートアップが少ないから、地方自治体によるスタートアップの支援が十分でない、のでは?
そう言われると、小都市のスタートアップが少ないから、小都市の自治体にとっては自分たちのところでのスタートアップ活性化は政策の優先順位から外れてしまって支援が十分でないままになっている、という因果関係もありそうだ。
論理関係を明らかにするというのは、思った以上に難しい、という経験を当時した。
そこで、以下の本を読んでみた。
「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法 | 中室 牧子, 津川 友介 | ビジネス・経済 | Kindleストア | Amazon
著者の中室先生は、教育経済学の専門家で、日銀、世銀などを経られて慶応の総合政策学部准教授。津川先生はお医者さんで、公衆衛生の専門家。聖路加国際病院、世銀などを経られてハーバード公衆衛生大学におられる。教育、医療の分野の専門家であるお二人が、なぜ因果関係に関する本を書かれたかというと、教育、医療の分野には、山ほど根拠のない通説があるからだ。また、米国では大学で「因果推論」(後述)を学ぶが、日本ではその機会がほとんどないので、あたかも因果関係があるように報じるメディアによって混乱をきたしやすい。
著者によると、多くの人が「因果関係」と「相関関係」を混同しており、誤った判断のもとになっているという。
経済学では、因果関係とは、「2つの事柄のうち、どちらかが原因でどちらかが結果である状態」、と定義され、相関関係とは、「2つの事柄に関係があるものの、その2つは原因と結果の関係にないもの」とされる。
因果関係の場合、原因が起これば必ず結果が起きるが、相関関係の場合、一見すると原因のように見える事柄が再び起きても、期待するような結果が得られない。
本当に因果関係が存在するのかについて、最近の経済学の研究は大変なエネルギーを注ぎ込んでいるという。
なぜなら、因果関係があると思って行動を起こしたとして(例えば、狙った効果を得るために多額のコストをかけて広告を打つ)、それが相関関係だった場合には、狙った効果が得られずに失敗に終わる可能性があるからだ。
著者によれば、因果関係なのか相関関係なのかを正しく見分けるための方法論を、「因果推論」と呼ぶ。本書では、様々な因果推論のやり方が紹介されているが、マーケティングや統計処理でつかえるやり方であり、シナリオ製作におけるクラスタリングのシーンで活用できるやり方は残念ながらあまりなかった。
ただし、以下の考え方は非常に役立つと感じた。
本書では、2つの変数の関係が、因果関係なのか、相関関係なのかを確認するには、以下の3つを疑ってかかることが推奨されている。
- 「まったくの偶然」ではないか
- 「第3の変数」は存在していないか
- 「逆の因果関係」は存在していないか
1は、単なる偶然に過ぎないのだが、2つの変数が良く似た動きをすることを指す。これを「見せかけの相関」という。米軍情報アナリストが執筆した「見せかけの相関」という本には、例えば、「ニコラス・ケイジの年鑑映画出演本数」と「プールの溺死者数」の間にデータ上は強い相関があるが、まったくの偶然によるもので、見せかけの相関とされる。
2は、原因と結果の両方に影響を与える「第3の変数」(交絡因子)が存在するかどうかだ。交絡因子は、相関関係に過ぎないものを因果関係があるように見せてしまう厄介者である。例えば、「体力がある子供は学力が高い」と言われており、一見すると「体力がある子供だから、学力が高い」という因果関係に見える。しかしここには「親の教育熱心さ」という交絡因子が存在する。教育熱心な親は、子供にスポーツを習わせたり、子供を勉強するように仕向けるので、体力も学力も上がる。この場合、本当に結果(「子供の学力」)を生み出している原因は、「子供の体力」ではなく「親の教育熱心さ」ということになる。この場合、「親の教育熱心さ」がない家庭で子供の体力だけをつけても学力が上がらない、ということになる。
例として、冒頭の、地方スタートアップの例を考えてみる。
A:地方自治体によるスタートアップの支援が十分でない
B:小都市のスタートアップが少ない
私は、「AだからB」という因果関係と考えたのだが、もしかして、「地方小都市の経済規模が小さいこと」が交絡因子である可能性がある。
地方小都市の経済規模が小さいから、地方自治体財政は厳しく、スタートアップ支援まで予算がつかない
地方小都市の経済規模が小さいから、起業家はわざわざ地方小都市で起業しようとは思わず、小都市のスタートアップが少ない
こういった論理も成立しそうだ。
そうすると、AとBは単なる相関関係であり、因果関係ではなかったと考えられる。
3は、原因と思っていたものが実は結果であり、結果であると思っていたものが実は原因である状態(逆の因果関係)だ。冒頭の例では、角和さんの指摘が当てはまる。
まとめると、
2つの変数が因果関係にある場合、再び原因が起こったなら、同じ結果が得られる。「全くの偶然」や「交絡因子」「逆の因果関係」は存在しない。
2つの変数が相関関係にある場合、再び原因が起こっても、同じ結果が得られるとは限らない。「全くの偶然」や「交絡因子」「逆の因果関係」のいずれかが存在している。
本書では、因果関係を簡単に証明する方法が紹介されている。
それは、事実と「反事実」を比較することである。反事実とは「仮に〇〇をしなかったらどうなっていたか」という、実際には起こらなかった「たられば」を指す。事実と反対のことを思い浮かべるという意味で、「反事実」とよばれる。
現実で観察されたこと:Aが起きてBが起きた
これがAが原因でBが結果として起きたという因果関係であることを証明するには、もしAが起きなかったらBも起きなかったかどうか、を考える。
もしAが起きなかったらBも起きなかったとすると、Aが原因でBが起きたという因果関係が証明される。
冒頭の例で反事実を考える。
観察された事実
A:地方自治体によるスタートアップの支援が十分でない
B:小都市のスタートアップが少ない
反事実
A:もし、地方自治体によるスタートアップの支援が十分だったなら?
この時、必ず、小都市のスタートアップが多くなるだろうか?
その場合、自治体によるスタートアップ支援策が有効でなかったら多くならないだろうし、一旦増えたとしても地方小都市の経済規模ではあまりうまくいかないかもしれない。地方小都市でわざわざスタートアップするより、大都市でした方がエコシステムがあってよい、ということで起業家は地方に来ないかもしれない。
そうすると、交絡因子が存在するので、AとBは因果関係ではなく、相関関係である、と言えそうだ。
この、反事実を思い浮かべる、というのは、因果関係と相関関係を整理していくのに有効なやり方であるように思う。
実際に反事実を証明するのは、実は難しい。なぜなら事実は観察できるが、反事実は観察できないからである。そこで本書では、比較可能なグループを作り出して反事実をもっともらしい値で置き換える因果推論の手法(ランダム化比較実験など)が紹介されている。これら手法をワークショップの現場で適用するのは難しいと考えるが、上記の因果推論の根底にある考え方(反事実を思い浮かべる)は、極めて有用である。