「2040年度におけるエネルギー需給の見通し」で使われたシナリオ分析(1)

角和昌浩

シナリオプランナー 株式会社フューチャーネス アドバイザー

(初出:IEEI 国際環境経済研究所

昨年12月、第7次エネルギー基本計画(案)が公表された。

この計画に根拠を与え、その一部をなす「2040年度におけるエネルギー需給の見通し」には関連資料(以下「関連資料」)が閉じ込まれていて、資料には、今回の「需給見通し」では複数シナリオを設定したという説明がある。

以下では、シナリオ思考の専門家としてこの資源エネルギー庁(以下「資エ庁」)のシナリオ分析についてコメントしたい。

第7次エネルギー基本計画「関連資料」におけるシナリオへの言及と不確実性

さて関連資料では、

諸外国における分析手法も参考としながら、様々な不確実性が存在することを念頭に、複数のシナリオを用いた一定の幅として提示。

新たなエネルギー需給見通しでは、NDCを実現できた場合に加え、実現できなかったリスクシナリオも参考値として提示。

2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料), 令和6年12月, 資源エネルギー庁

と書かれている(NDCとは、Nationally Determined Contributionの略。2015年に世界各国が気候変動対策に合意したパリ協定に基づき、各国が作成・通報・維持しなければならない温室効果ガスの排出削減目標のこと)。

この押し出しかたは立派である。シナリオ思考は、未来は正確には予測できない。だから複数の未来像(=シナリオ)を、同時に想像してみよう、という基本に立つもので、関連資料の書きぶりはこれに叶う

なるほどわが国の長期未来のエネルギー需給は、国際政治経済情勢、化石燃料の価格水準、技術進展、気候変動交渉の行方、今後の国策のありかた、消費者の選好、ビジネス活動など、未来の様々な不確実性に影響されるだろう。

では、今回のシナリオ分析で注目した不確実性とは何か?関連資料は、

2040年度のエネルギー需給の姿は、2050年カーボンニュートラルの途上にあり、革新技術の動向によって大きく左右される。

それぞれの革新技術がいつ、どの程度普及するかは、技術としての成熟性、供給可能性、コスト低減などの要因によって大きく異なるが、現時点で2040年度における技術動向を確度高く見通すことは極めて困難である。

2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料), 令和6年12月, 資源エネルギー庁

ということで、不確実性とは「2040年度における技術動向」のことだ、と説明される。

なぜ、この特定の不確実性に絞り込んだのか?

理由は資エ庁が6つの専門機関にシナリオ分析を依頼した際、以下のような発注をしたからだ。

曰く;

各シナリオの分岐点については、脱炭素化に伴う社会全体のコストを最小化する観点から、再エネ、水素等、CCSの技術・コストなどに着目したものとすること。

その上で、複数機関のシナリオ分析結果を比較・検証可能なものとすること。

なお、各分野の技術開発が期待されたほど進まず、コスト低減等が十分に進まない場合も想定されるため、既存技術を中心にその導入拡大が進んだ場合についても、可能であれば分析を依頼

2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料), 令和6年12月, 資源エネルギー庁

ここで「シナリオの分岐点」とは未来の不確実性と同義である。

なんのことはない。発注側が他の不確実性の候補を検討作業から外していた。

その証拠に、発注先に対して資エ庁側が与えた分析の前提条件が、まことにきびしい。曰く;

①想定する温室効果ガス削減水準については、中環審・産構審合同会合での議論を踏まえ、各専門機関の分析結果を比較可能なものとするため、2030年度46%削減から2050年ネットゼロへと現在の削減トレンドを延伸させ直線的に削減が進んだケースを分析に含めること

② できる限りS+3Eが確保された水準とすること

③ 安定供給、経済成長、脱炭素を同時に実現するという我が国のGXの基本的理念に基づき、経済活動量を過度に損なわないこと

④ シナリオ分析の前提となる諸元の設定経済活動については、議会における議論と整合的な水準とすること

2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料), 令和6年12月, 資源エネルギー庁

政策審議の場における「シナリオ」

議会や審議会の場では、未来を複数のシナリオで語ることなど、ない。国の将来はかくあるべき、という一本の未来像を合意するのである。

今回のシナリオ分析では、発注仕様の書きぶりによって、国際・国内政治/経済動向や温暖化交渉の行方や日本国内の原発の社会的受容性など、未来のエネルギー需給に影響する不確実性たちをふるい落とし、「2040年度における技術動向」のみをシナリオの分岐点としたのだ。

資エ庁は発注先6機関に、主に将来の技術動向について自らの見解を取り入れることを許した。6機関は、それぞれ別の数理モデルに、それぞれ別の将来の技術動向の見解をインプットして、2040年時点の最終エネルギー需要、電力需要、エネルギー起源CO2や排出削減コストなどの試算を得た、と推測される。

そして資エ庁は6機関から結果を受けとり、横並びで記載して公表したのだ。

(出所:2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料), 令和6年12月, 資源エネルギー庁)

資エネ庁は、以上の作業を、「複数シナリオを用いた一定の幅」のシナリオ分析、と呼んだのである。

<以下(2)に続く>

「2040年度におけるエネルギー需給の見通し」で使われたシナリオ分析(2)

角和昌浩 シナリオプランナー 株式会社フューチャーネス アドバイザー (初出:IEEI 国際環境経済研究所) 昨年12月に公表された第7次エネルギー基本計画(案)、その関連…