シェルのエネルギー変革シナリオ(最終回)

シェルが2021年に公開した最新のグローバルエネルギーシナリオ「エネルギー変革シナリオ(The Energy Transformation Scenarios)」を読み解いています。

第4回目の今回は、最終回。コロナ禍でシナリオチームが見出した「将来への希望」とは何か、を解説します。

パリ協定目標達成の難しさ

さて、第2回でも触れましたが、パリ協定の温度目標(2℃を下回り1.5℃を目指す)を世界が達成するのは、Sky 1.5シナリオのみです。

パリ協定とは、2015年にパリで開催されたCOP21(第21回気候変動枠組条約締結国会議)でなされた国際的な合意のことで、世界190ヵ国以上が気候変動対策に合意するという、歴史的会合となりました。産業革命前と比較した気温上昇が1.5℃を超えると、気候に不可逆的な変化が起こる可能性が指摘されています。パリ協定において世界各国は、その回避を目標とすることを合意し、そのためのメカニズムについても大筋合意がなされました。しかし、世界の気温は産業革命前と比較し既に1℃以上上昇していると考えられており、あらゆる近代的な人間活動によってCO2のような温室効果ガス(GHG)が排出されていることから、2℃目標達成は容易でありません。さらに世界は、現在2.0℃よりも高い目標である1.5℃を目指しています(2022年COP26におけるGlasgow Climate Pact)。

Sky1.5のみは、パリ協定目標及び1.5℃を達成するシナリオですが、概要紹介の際「一時的に1.5℃を上回る」と記載しました。それはいったいどういう事なのでしょうか?

下図は、「エネルギー変革シナリオ2021」に示されている、シナリオ別の気温上昇経路です。Sky1.5を見ると、2060年頃に一旦1.7~1.8℃くらいまで上昇した後、気温が下がり始めて2100年に1.5℃に着地します。このように、目標とされる大気中のCO2濃度を一時的に超えるシナリオは、オーバーシュートシナリオと呼ばれ、Sky1.5もその一つです。

一旦上昇した気温が下がるとは、どういうことでしょうか?いったん上昇した気温を下げるには、 CO2排出の逆である、CO2除去技術が必要です。CO2除去技術には、自然を利用するもの(植林等)と工業技術を利用するもの(CCS:Carbon Capture and Storage、CO2回収固定)があります。2060年断面で、Sky1.5における自然によるCO2除去は約13ギガトン。CCSによるCO2除去は8ギガトン。合計21ギガトンになります。世界のエネルギー起源CO2排出量は、2019年35ギガトンでしたので、なんと現在の世界のエネルギー起源CO2排出量の6割にも相当する莫大な量のCO2除去が、Sky1.5では見込まれています。

果たしてそれだけのCO2除去が現実的に可能なのか、については、異論もあるでしょう。CCSは確立された技術ですが、社会的・経済的課題から、大規模実装は容易でありません。しかし近年、複数の大手エネルギー企業が植林に投資をするようになってきています。本当にSky1.5のような世界が到来するならば、植林やCO2除去技術が脚光を浴びることになるのかもしれません。

Sky 1.5は、コロナ禍を経験した世界諸国が次なるショックにレジリエントな社会を求めて連帯し、再エネを中心とした発電の脱炭素化と、EV(電気自動車)に代表されるような電化技術が広く進むことで、脱炭素化が加速するシナリオです。それでも、上述したような大規模なCO2除去なしには、1.5℃が難しい、というのが、本シナリオでのシェルの分析でした。

危機は機会

さて、まとめに入ります。

「エネルギー変革シナリオ2021」は、「Crisis as an opportunity(危機は機会)」と題された半頁の文章にて結語します。

パンデミックは世界経済と気候変動対策を大混乱に陥れた。『変革力を備えたレジリエンス』の必要性は、過去にないほど高まっている。現在の危機は、世界が幅広い課題に取り組むためのアクションを引き起こすために必要な、ある種の切迫感を喚起する機会を提供してくれている。(中略)

誰も、受動的な観客ではいられない。一人一人が選択をする。(中略)

求められる変化の速度は、極めてチャレンジング。しかしもしアクションが断固として加速されたならば、技術的にも経済的に実現可能な変化である。歴史が示すように、時には、ショックが人々に行動を起こさせるのだ。

Shell Energy Transformation Scenarios (2021) Translated by Masaki Kihara

ハーグとロンドンに拠点を構えるシナリオチームは、2020年から21年にかけて、厳しいロックダウンとWork from homeの中で、同僚や親しい友人と離れて仕事をしなければならない状況であったことは、想像に難くありません。思い起こせば、コロナ禍が世界に拡大していった頃、深刻な医療崩壊が発生し多くの犠牲者が出たのは、同じ欧州のイタリアでした。EUは2020年に▲6%もの景気後退を経験します。

このような未曽有の状況の真っただ中にいたシェルのシナリオプランナーたちは、危機の体験者でありながらも観察者として、将来の変化の可能性を見出します。シナリオチームのChief Climate AdvisorであるDavid Honeは、「エネルギー変革シナリオ2021」への橋渡しとなった「コロナ禍シナリオ2020」公表時に、自身のブログの中でこう述べています。

For me, the silver lining in all this is that I can see a real pathway towards Paris emerging, where there was an element of wishful thinking previously. But that pathway will require solid international cooperation – I hope governments are learning valuable lessons about cooperation from dealing with the pandemic itself.[1]

David Hone (2020) Rethinking the 2020s

危機の中で、シナリオプランナーたちが見出した将来への希望、それが「エネルギー変革シナリオ2021」に通底する重要メッセージである、と見てよいでしょう。


[1] David Hone, Rethinking the 2020s, https://blogs.shell.com/2020/09/09/rethinking-the-2020s /