シェルのエネルギー変革シナリオ(3)
シェルが2021年に公開した最新のグローバルエネルギーシナリオ「エネルギー変革シナリオ(The Energy Transformation Scenarios)」を読み解いています。
第3回目の今回以降は、本シナリオの重要メッセージに迫っていきます。
- 原典はこちら → The Energy Transformation Scenarios (2021)
- 第1回目はこちら → シェルのエネルギー変革シナリオ(1)
- 第2回目はこちら → シェルのエネルギー変革シナリオ(2)
本シナリオの重要メッセージの一つは、「世界のCO2排出量は、どのシナリオでもいつか必ずネットゼロになる。従って、エネルギー転換は不可避である」という点にある、と筆者は考えています。本シナリオでは、「Inevitable Transition(不可避的移行)」という概念が原典8頁目で示されています。
Inevitable Transition(不可避的移行)とは
「エネルギー変革シナリオ2021」の3シナリオは、いずれもエネルギーの脱炭素化(Decarbonisation)が進んでいき、やがて世界はネットゼロ排出に達します。が、その達成時期と経路はシナリオによって異なる、という仕掛けです。
Wavesでは2100年頃、Islandsでは22世紀に入って以降、そしてSky 1.5では2050年代にネットゼロ排出に達します。

エネルギー業界に長くいらっしゃる方には、いずれにしてもネットゼロ排出になる、という主張は目新しいかもしれません。世界中のエネルギー業界関係者が読み続けている、国際エネルギー機関(IEA)が毎年発行する「世界エネルギー見通し」では、化石燃料需要とCO2排出量が伸び続ける現行政策シナリオ、各国政府の公表済み政策が確実に実行される公表政策シナリオ、脱炭素化が急速に進む持続可能な成長シナリオの3シナリオが示されてきました。そのためエネルギー関係者の方々は、脱炭素化が進まない未来もあり得る、という将来像に馴染みがあるかもしれません。IPCCのシナリオにおいても、RCP8.5のように2100年までCO2排出量が増え続けるシナリオが含められています。

(IEA 世界エネルギー見通しでのCO2排出予測の例[1])

(IPCC 第5次統合報告書で示されたシナリオ別のCO2排出量と気温偏差[2])
では、シナリオチームが「エネルギー変革シナリオ2021」の中で紹介している、「Inevitable Transition(不可避的移行)」という概念とは何か?
IEAやIPCCシナリオのように、エネルギーシステムは静的でありCO2排出量は横ばい又は増加し、結果4℃や6℃の気温上昇に至る可能性がある、との認識を持つ人もいる。しかし現実には、技術進展や環境活動の拡大、政策強化といった複数のドライビングフォースが同時多発的に起こることによって、過去同様の化石燃料需要がずっと続くことはあり得ず、変化のペースは異なれど、必ず脱炭素へのエネルギー転換は進む。従ってエネルギー転換(Energy Transition)は不可避である、というのです(Transitionの日本語訳は「移行」ですが、日本のエネルギー業界でなじみの深い使われ方であるEnergy Transition = エネルギー転換としています)。これが「Inevitable Transition(不可避的移行)」の意味です。
シェルがMITと共同研究した結果によると、これらドライビングフォースの作用を考慮すると、脱炭素化がそれほど加速されなかった成り行きの場合であっても、気温上昇は3℃を下回る結果となったとのことです。
それでもシナリオ世界はああも違う
敢えて使われた「inevitable」という強い言葉からは、シナリオの読み手に対して一種の覚悟を求めるような、書き手の意思が伝わってくるようです。
とはいえ、シナリオプランナーたちは、将来への複眼的視点を失っていません。エネルギー転換が「不可避」であっても、先ほどご紹介した3つのシナリオが語る将来展開とその帰結は、本コラム第2回でご紹介したように、ああも異なっています。将来の不確実性に真摯に対峙しているプランナーたちの様子が、伺われます。
いつか世界はネットゼロに到達したとしても、それまでに何十年、または100年以上の期間を要し、その間の将来展開の違いがビジネスに様々異なるリスクや機会をもたらします。エネルギー転換が不可避であったとしても(シナリオプランニングの言葉でPredetermined Elementsと呼ぶ)、そこに至る道筋や期間に大きな不確実性(同様にCritical Uncertaintiesと呼ぶ)が存在することを、シェルシナリオチームは示したのです。ブールデンCEOが唯一望ましいシナリオと呼んだ「Sky 1.5」の現出が、givenではないこと、むしろ極めてチャレンジングであり、世界中の様々なステークホルダーの協働なしには実現し得ない(「Waves」や「Islands」の展開になり得る)ということです。
2022年に起きてしまったウクライナ紛争。国際情勢が悪化している現状は、ナショナリズムが昂進し各国が島国根性的になる「Islands」シナリオの展開に向かっているように見えます。しかし、ロシアは世界最大の産油・産ガス国の一つであり、エネルギー転換のためにはロシアとの協力が必要不可欠なのです。事実、ワシントンポスト紙が紹介したGlobal Carbon Budjetの予測によると、2022年の世界のCO2排出量はCovid-19による減少からリバウンドして、過去最大になってしまっています。

残念ながら世界は、Covid-19を契機に世界各国の実務的な協働が促進される「Sky 1.5」と逆行してしまっており、その帰結は、Islandsシナリオで示されたような気候変動の解決の棚上げ。望ましくない未来展開ストーリーも起こり得ることを認識し、詳細に語ることで、現状の選択が未来にもたらし得る影響をありありと示しています。これがシナリオの力。Islandsの将来が訪れる、という未来予測ではなく、Islandsの将来を避けたいなら今何をすべきなのか、を読み手に迫ります。
次回は、本シナリオで示されたエネルギー転換についての読み解きを続けていきます。
(4)に続く
[1] IEA World Energy Outlook 2011, https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2011
[2] IPCC 第5次評価報告書 第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 気象庁訳, https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/index.html#spm