シェルのエネルギー変革シナリオ(1)
シナリオプランニング民間利用のパイオニア、シェル社は数年に一度、グローバルエネルギーシナリオを公開しています。最新版は2021年に公開された「シェルエネルギー変革シナリオ(The Energy Transformation Scenarios)」。私がシェルシナリオチームで勤務していた頃の同僚が多く関わっている作品です。
本稿では、(一社)日本エレクトロヒートセンター様の機関紙「エネルギーヒート9月号」に、角和昌浩先生と共著で弊社が寄稿した連載講座にて解説した内容を元に、当該シナリオについて、何回かに分けてご紹介していきます。
なお、筆者は既にシェルシナリオチームを離れた身ですので、あくまで第三者立場からの読み解きであることに、ご注意下さい。エネルギー・気候変動問題に関して、社会経済の観点及び詳細なエネルギー分析に基づき記述された、とても勉強になるマテリアルですので、更に詳細は原典をぜひお読みください。
シェルグローバルシナリオ最新版「The Energy Transformation Scenarios(エネルギー変革シナリオ2021)」[1]は、「New Lens Scenarios (ニューレンズシナリオ2013)」以降、実に8年ぶりとなる全面的なグローバルシナリオ刷新です。そのシナリオ枠組みは、「ニューレンズシナリオ2013」からの橋渡しを務めた「Rethinking the 2020s (コロナ禍シナリオ)」を踏襲しながらも、新たなエッセンスとメッセージが込められています。そしてシェルのエネルギー分析専門チームによるデータも豊富。パリ合意とコロナ禍を経て、シナリオチームは長期未来世界の可能性をどう洞察し、どのようなメッセージを世界に伝えようと試みたのか。公開された100頁超に渡る原典を読み解いていきます。
現状認識とシナリオの分岐点 - コロナ禍からの回復目的
本シナリオのセクション1には、シナリオチームの現状認識がこう記載されている(筆者意訳。以下同)。
コロナ禍は、世界中ほぼ全ての社会・経済を巻き込む大きなターニングポイントとなった。グローバルシステムに内在する緊張関係と脆弱さが露わになってしまったが、コロナ禍によって政策や行動がシフトした結果、未来の新たな可能性の扉もまた開いたのだ
Shell (2021) The Energy Transformation Scenarios, translated by Masaki Kihara
国際政治や世界経済への現状観察を深く論じた「ニューレンズシナリオ2013」とは大きく異なり、「エネルギー変革シナリオ2021」の出発点は、コロナ禍。
本シナリオによると、危機を意味する英語の「crisis」は、元々古代ギリシャ語の「krisis」に由来しており、「krisis」の意味は「decision決断」。コロナ危機に直面する社会が今後、どのような選択をdecisionするのかによって、異なるシナリオ世界Waves、Islands、Sky1.5が現れ得る。コロナ禍におかれた社会の選択が未来世界のあり様を変えていく、というシナリオ枠組みは、「コロナ禍シナリオ2020」と同じです。
しかし「コロナ禍シナリオ2020」の射程は、2030年まででした。本シナリオでは、射程をその先数十年に延ばし、2100年までのエネルギーモデルを論じなければならない。果たして過去1~2年の出来事に過ぎないコロナ禍が、この先数十年の長期に渡る社会の転換点になるのだろうか?このような批判に耐えるシナリオ枠組みとするためか、本シナリオでは、短期的な社会選択が長期未来にどのような影響を及ぼし得るのか、が述べられている。
短期的な社会選択とは、コロナ禍からの回復目的である。世界各国は現在進行形のコロナ禍に苦しんでいる。シナリオチームはここで、コロナ禍からの回復目的には3つある、と言い切る。一つ目は経済的(economy)な回復、二つ目は安心感・安全(security)の回復、三つ目は身体的・精神的な良好状態(well-being)の回復である。もちろん、全ての社会がこれら全てを求めているのだが、この3つのバランスやミックスは社会が置かれた環境によって異なる、という。
3つのレジリエンスタイプ
コロナ禍からの回復目的に対する社会選択が、今後10年の未来を形作る。そしてその先は、社会の関心が「コロナ禍からの回復」から、「社会のレジリエンス」へと移っていくだろう、とシナリオチームはいう。コロナウイルスと何とか折り合いをつけて共存していくことができたとしても、社会は「次のショック」に備えなければならないからである。ここでレジリエンスとは、「困難と不確実さに直面する中でも生き延び、適応し、成長するための能力」と定義されている。レジリエンスは倫理とは無関係で、非倫理的なレジリエンスもあり得る。例えば、麻薬カルテルだって、とてもレジリエントで、なかなか消えてなくならない。
シナリオチームは、レジリエンスのタイプを3つに分類します。第1のタイプは「構造的なレジリエンスstructural」。バッファなどの冗長性を設けておくことで突然のショックに耐える力です。第2のタイプは「システム思考的なレジリエンスintegrative」。社会を相互連関するシステムとして捉えて集団的なアクションを可能にすることで、システミックなストレスに耐える力です。第3のタイプは「変革力を備えたレジリエンスtransformative」。新たな環境でも繫栄するために本質的な変革を起こす力です。
「次なるショック」とは
今後10年、コロナ禍で社会が受けた傷からの回復目的の選択が、異なる未来を形作る。残念ながらコロナ前の世界には回帰せず、私たちはコロナと共に生きねばならない。その先の未来は、コロナ禍を経験しコロナと共存する社会が、次なるショックに向けてどのようなレジリエンスタイプを選択し、発揮していくのかによって変わってくる、というのです。
ここで、コロナ禍が気候変動問題とつながってきます。「次なるショック」は、気候変動であることが暗示的に示されます。コロナによる危機は、社会が「変革力を備えたレジリエンス」を得るための機会になるかもしれない。果たして社会はコロナ禍から得た学びを、世界大のエネルギー転換のような他の社会課題の解決へと、拡張していけるのか?と、シナリオチームは問いかけます。
次のパートでは、示された3つの将来シナリオを見ていきましょう。
(2)に続く
[1] Shell (2021) The Energy Transformation Scenarios https://www.shell.com/energy-and-innovation/the-energy-future/scenarios/the-energy-transformation-scenarios.html