「ショックシナリオ」とは【シナリオプランニング技法】

前回につづき、シナリオ作成の肝となる「重要な不確実性とは何か」について、取り上げます。

第2回目の今回は、「ショックシナリオ」とは何か、そしてその活用方法についてです。

戦争、災害、事故は「重要な不確実性」か?

まずは前回の復習です。「重要な不確実性」とは、クライアントのビジネス環境に存在する数多くの不確実性のうち、特に重要且つ不確実性が高い(先読みできない)要素のことでした。ワークショップにおいては、「重要度 x 不確実性」の2軸を使った整理手法がしばしば用いられます。

「重要な不確実性」と「ドライバー」の違いとは【シナリオプランニング技法】

2024年の年明けは、石川県で発生した大きな地震から始まりました。筆者は実家の新潟県上越市に帰省中で、震源地からは離れていましたが、立っていられないような大きな揺…

この「重要度 x 不確実性」の2軸を使った整理手法を使うと、重要且つ不確実性が高い事象として、将来の「戦争」「災害」「事故」の発生、といった、発生確率は低いが起きたら影響が甚大ないわゆるBlack Swanイベントが、右上に来ていることがあります。果たして、これらBlack Swanイベントをシナリオ作成の「重要な不確実性」として取り扱うべきでしょうか?

この問いに対しては、状況によって「Yes」です。例えば、あなたの会社が政治情勢不安定な国への事業参入を検討しているとします。このような「ビジネス上の意思決定のためのシナリオ検討」であれば、当該国における戦争・紛争の可能性は、意思決定に大きな影響を及ぼすものですから、「重要な不確実性」として取り扱い、必要に応じ政治・地政学リスクを踏まえたシナリオ検討しておくべきです。何が起きたら当該国の情勢は悪化し戦争・紛争へ至るのか、或いはビジネス可能な状況に至るのか。

これは一般に、「リスクシナリオ」と呼ばれます。損害保険の業界ではよく行われているプラクティスで、例えば、東京海上ホールディングスのコンサルティング会社である東京海上ディーアール様がリスクシナリオ策定支援を提供されています。海外事業であれば地政学リスクは当然踏まえておくべき要素です。

(出所:東京海上ディーアールHP

一方「将来の変化の可能性を探索するシナリオ検討」においては、このようなBlack Swanイベントを「重要な不確実性」と扱ってしまうと、シナリオ検討が難しくなります。なぜならBlack Swanイベントの発生だけが「重要な不確実性」であった場合、そのイベントが起きなければ、現状維持が続くことになるからです。「既にリスクとして見えている戦争や災害が起こるシナリオ」と「現状維持シナリオ」の二つを作ったとしても、私たちの視野は拡がりません。また、なぜそれが起こるのか(=シナリオドライバー)の深掘りを行ったとしても、クライアントとしてはイベント回避のためにできる打ち手は限られており、シナリオから得られる示唆も浅くなります。「将来のビジネス環境を探索するシナリオ検討」においては、Black Swanイベントは重要な不確実性 に選ぶべきではないのです。

もしワークショップメンバーがBlack Swanイベントに固執したら?

シナリオ作成ワークショップの場面で起こり得ることなのですが、重要な不確実性を発見するグループワークにおいて、ワークショップ参加者が戦争や災害といったBlack Swanイベントを重要な不確実性として選ぶことに固執する時があります。

例えば、台湾有事は絶対に外せない。この展開はシナリオに盛り込むべきだ、と強い主張をされたら、ファシリテーターとして貴方はどうするでしょうか?

先ほど述べたように、台湾へのビジネス進出を検討しているのであれば台湾有事シナリオは外せないでしょう。ただ、もしも台湾は貴社の拠点がある地域に過ぎず、このシナリオ検討がもっとマクロな将来のビジネス環境変化の可能性を探索しているものであったなら?台湾有事は地域リスクの一つでしかなく、台湾有事にこだわることで視野の狭いシナリオになってしまう可能性大です。技術進展やもっと大きな世界情勢の変化、ルールメイキング、消費者の価値観の変化等々。台湾有事よりもシナリオに取り入れるべきと、ファシリテーターの貴方が考える要素が見落とされてしまうかもしれない状況です。

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、著書「ファスト&スロー」の中で、システム1とシステム2という思考モードを紹介しました。シナリオ検討は、システム2で頭に汗を書き粘り強くグループで考え、議論すべきプロセスなのですが、「戦争や災害が重大リスクだ!」という思考に固執した参加者がいると、システム1の思考モードでバイアス(リスク認知のカタストロフィー・バイアスと呼ばれます)に囚われてしまい、グループの議論が先に進めなくなってしまいます。

そんな時、ファシリテーターとして有用な対処法を2つ、紹介しておきます。

  1. 「ショックシナリオ」として扱う:Black Swanイベントがもし起きたら何が起きるか、は「ショックシナリオ」として取り扱います。「ショックシナリオ」とは、ビジネス環境を大きく変える一大イベントが発生した場合のその後の展開を描くシナリオです。ショックシナリオ発生時のBCP(Business Continuity Plan)は別途作成することにし、このシナリオワークショップではそれ以上扱わない、とさばく。この方法はかなり使えます。
  2. 「上流」と「下流」のシナリオを作る検討に進む:シナリオ検討チームがどうしてもBlack Swanイベントのシナリオを作りたい場合は、〇〇年にそのイベントが起こると仮定し、その上流(なぜそれが起こるのか)と下流(もし起きたらその後に何が起こるのか)のフレームワークで複数シナリオを作成する。「下流」だけでも良い(その場合、ショックシナリオになります)。もし探索シナリオ検討のワークショップなら、グループを分けて、あるグループだけこのBlack Swanシナリオを作ってもらい、その他のグループで探索シナリオを作ってもらうというさばき方も可

まとめ

本稿をまとめます。

  • 「ビジネス上の意思決定のためのシナリオ検討」であれば、Black Swanイベントを「重要な不確実性」に含めることも問題ない。これは損保業界で行われているリスクシナリオ検討である
  • 「将来のビジネス環境を探索するシナリオ検討」においては、Black Swanイベントは重要な不確実性 に選ぶべきではない。検討の目的である、参加者の視野を拡げることが難しくなるため
  • もし後者の探索的シナリオ検討時に、メンバーがBlack Swanイベントに固執した場合、ショックシナリオとしてさばくか、またはグループを分けてBlack Swanシナリオを「上流・下流」のフレームワークで作るという対処方法がある