「重要な不確実性」と「ドライバー」の違いとは【シナリオプランニング技法】

2024年の年明けは、石川県で発生した大きな地震から始まりました。筆者は実家の新潟県上越市に帰省中で、震源地からは離れていましたが、立っていられないような大きな揺れを小学生の息子や高齢の母と共に経験し、不安な1年の始まりとなりました。まだ被災地で苦しんでおられる方が多く、被害にあわれた方々が少しでも早く平穏な日々に戻ることができますよう心より祈念しております。

2023年12月は、弊社お客様といくつかのシナリオ作成ワークショップを行いました。今回のブログでは、これらワークショップでの経験を元に、シナリオ作成の肝となる「重要な不確実性とは何か」について、2回に分けて取り上げてみたい、と思います。少し上級者向けの内容になります。

第1回目は、「重要な不確実性」と「ドライバー」の違いについてです。

「不確実性」とは何か

「重要な不確実性」と「ドライバー」。この二つの言葉は、シナリオプランニング業界では、とても良くつかわれる用語です。この二つの言葉の説明の前に、まず「不確実性」について説明します。

It's tough to make predictions, especially about the future. (予測ってのは難しい。将来の予測ならなおさらだ。)

Yogi Berra

シナリオプランニングでは、「将来は予測できない」という考えの下、複数の将来シナリオを作成します。将来シナリオが複数に分かれるのは、将来の私たちを取り巻く外部環境の中に「不確実性」が存在するからです。

「不確実性」とは、私たちを取り巻く外部環境の構成要素のうち、「将来の見通しが立てにくい」事柄です。例えば、ビジネスに関連する政策の行方がどうなるか、お客様の購買行動に影響する価値観はどうなるか、アフリカ諸国は今後20年間でどれだけ経済成長するのか、といったことは、先読みをしにくい事柄であり、「不確実性」として挙げられます。

一方、10年後の日本人の人口はどれくらいか、という事柄は、大規模な移民がなければ、ほぼ先読み可能です。なぜならば10年後の人口は、出生率と死亡率により算定可能であり、日本のような先進国では、どちらの変数もさほど大きく変化しないためです。日本が移民政策に舵を切るかは「不確実性」ですが、その可能性が低い、と判断されるならば、日本の将来の人口構成は「先読み可能な事象」(英:Predetermined Elements)と言えます。

「重要な不確実性」と「ドライバー」

「重要な不確実性」(英:Critical Uncertainties)「ドライバー」(英:Driver又はDriving Forceとも)は、シナリオ作成の現場において、同義として取り扱われていることがしばしばあります。どちらも将来シナリオを導出するために、ワークショップを通して発見することが必須な要素です。しかしながら、厳密にはこの二つは異なる概念です。本稿で違いを整理します。

シナリオの大家であるKees van der Heijdenは、以下のように定義しています。が、これだけでは分かりにくいので例を使って説明します。

Critical uncertainty is a "place holder", or a role, for an environmental factor, labelling a dimension of the situation that emerges from a prioritising process as most important and most uncertain. If they are used in a framework (such as a 2 x 2 matrix) to distinguish scenarios in the scenario set from each other they are called scenario dimensions.

Kees van der Heijden (2005) Scenarios The Art of Strategic Conversation, p227

Driving force is a "place holder" for environmental force, driving a possible outcome of a critical uncertainty. A driving force has a relatively high level of explanatory power in relation to the situation being looked at.

Kees van der Heijden (2005) Scenarios The Art of Strategic Conversation, p227

「重要な不確実性」を発見するため、ワークショップにおいては、「重要度 x 不確実性」の2軸を使った整理手法がしばしば用いられます。将来の不確実性に対するブレインストーミングとクラスタリングを行い、挙げられた複数の2軸にマッピングし、右上に来るものが、重要且つ不確実性が高い(先読みできない)=「重要な不確実性」となります。

ただしここでの注意点は、「重要度 x 不確実性」の2軸図において機械的に右上にある事柄を「重要な不確実性」として選び次のステップに進んではいけない、ということです。以下の2つのリスクがあります。

  1. 将来の「戦争」「災害」「事故」の発生、といった、発生確率は低いが起きたら影響が甚大ないわゆるBlack Swanイベントが、右上に来ていることがある(この対策は次回取り上げます)
  2. 「結果」のカードが、右上に来ていることがある(例:脱炭素化は進むか?)。この場合、まだドライバーの深掘りができていないため、このままシナリオ作成に進むと洞察が極めて浅くなる(以下で詳述)

本コラムでは、2について詳しく述べます。

ようやく、「重要な不確実性」と「ドライバー」の違いについて説明する段となりました。例を使って説明します。あなたは化石燃料を扱う化学企業であったとしましょう。ワークショップで、「重要度 x 不確実性」の2軸図で整理した時に、「エネルギーの脱炭素化が進むか?」が、右上(重要且つ不確実)に来たとします。すると、「脱炭素化が進むか?」は「重要な不確実性」と言えます。

しかし、「脱炭素化が進むか」どうかは、結果です。進む、または進まない、という帰結をもたらす原因があるはずです。それこそが、将来の変化の原動力であり、「ドライバー」「ドライビングフォース」と呼ばれるものです。

例えば、以下のような事柄は、ドライバーと言えます。

  • カーボンニュートラル技術進展が進むか?
  • 技術が社会に受け入れられるか?
  • 技術開発のための政策支援が拡充されるか?
  • パリ協定が国際的に順守されるか?
  • 新興国の経済成長はいかほどか?

このような「ドライバー」を発見して初めて、「重要な不確実性」がシナリオ作成上の意味をもってきます。「ドライバー」の発見なしには、なぜ将来の変化が起こるかが分からない(ワークショップで集団的に議論、認識されていない)からです。

「将来の脱炭素化が進むか?」という「重要な不確実性」に対して、Yes or Noの二つのシナリオを演繹的に作ることで得られる洞察は、とても浅くなります。脱炭素化を進めるドライバー、又は阻害要因は何か?を発見して初めて、シナリオを帰納的に、現在から将来に向かうストーリーとして作成でき、それによって、初期警戒シグナルの特定や戦略的な備えといった深い洞察につながります。

ワークショップ現場で「ドライバー」を発見する方法

私が12月にファシリテーションしたワークショップでは、以下のような方法をとっています。

1.「重要度 x 不確実性」の2軸分析で挙げられた不確実性に対して、因果関係を構造化し原因(=ドライバー)を深ぼる

または、

2.ワークショップで挙げられたあげられた不確実性に対して、調査、発表、議論を行い、そこから不確実性のカードを更に収集。不確実性とそのドライバーの因果関係を整理したDriving Force analysisを作成する

1の方法なら、2軸分析の作業結果がはられたホワイトボードの前で、ファシリテーターがワークショップ参加者と議論しながらドライバーの深掘りを行うことができます。2の方法は手間がかかりますが、大柄なテーマを扱っている場合には有用です。

いずれの方法でも、システム思考(System thinking)の手法を使って、構成要素間の論理関係を整理し構造化したダイアグラムを書いてみることが重要になります。論理関係整理の考え方について、別コラムに纏めておりますのでご参照ください。

論理関係について【シナリオプランニング技法】

シナリオ製作の工程において、多量のデータを取りまとめて「クラスター(cluster: a group of similar things)」に整理する「クラスタリング」という作業がある。シ…

まとめ

本稿をまとめます。

  • 「不確実性」(英:Uncertainties)とは、私たちを取り巻く外部環境の構成要素のうち、「将来の見通しが立てにくい」事柄
  • 私たちを取り巻く外部環境の構成要素のうち「先読み可能」な事柄は、Predetermined Elements
  • 「重要な不確実性」(英:Critical uncertainties)とは、①ビジネスへの影響が大きく、②より先読みが難しい(YesともNoとも断言しがたい)「不確実性」のこと
  • 「ドライバー」(英:Drivers又はDriving forces)とは、「重要な不確実性」をある帰結に導く原動力のこと
  • 「ドライバー」の発見があって初めて、シナリオから深い洞察を導くことが可能となる
  • ワークショップの現場で「ドライバー」を発見するには、いくつかの方法があるが、いずれもシナリオ思考の手法を用いて論理関係を構造化し分析する必要がある