「一般化」のわな【シナリオプランニング技法】
先日、私が講師をしている某企業様でのシナリオ研修が行われました。全12回、8カ月間に渡って行われる本研修も既に折り返しの6回目。
典型的なシナリオ作成は、
①現状分析 → ②重要な不確実性の発見 → ③未来シナリオ作成
の3ステップで行います。研修では、①現状分析の終わりに差し掛かっていました。
現状分析では、シナリオ検討のテーマ範囲を広く調査し、シナリオ検討テーマを取り巻く「現状」がどのように機能しているのか、をシステム思考(System thinking)を活用してモデル化(「現状説明モデル」の作成)していきます。現状説明モデルの中に、将来の不確実性が見いだされれば(②重要な不確実性の発見)、そこを起点に、複数の異なる未来シナリオを描き出すことができます。
この研修では、研修生の皆さんが作成した「現状説明モデル」に対して、少し厳しくフィードバックしました。シナリオ作成を行う上で最初の重要なプロセスである現状分析において陥りがちな「一般化」というわなについて、本コラムではご紹介いたします。
しっかりした現状分析なしには未来シナリオは描けない
「現状説明モデル」とは、現状調査・分析を通して、シナリオ検討のスコープにおける「現状」がどのように動作しているか、をシステム思考の考え方を使って説明するモデルです。現状を構成する各要素やアクターが互いに連関している「システム」として捉えることは、未来の異なる展開(シナリオ)を考察するうえで、極めて重要なステップになります。
逆に言えば、現状説明モデルがしっかりしていないと、未来シナリオは描けません。
研修生の皆さんが苦労して調査し、作成した現状説明モデルでしたが、私からのフィードバックは以下4点。
- 一般化/抽象化しない
- 現状説明モデルにおける矢印は因果関係を書く
- 「現状は動的に安定している」ことの意味をしっかり理解する
- 現状分析は客観的分析に基づいて、手堅く現状を説明する。あるべき姿(べき論)を語るのではない
このうち、本コラムでご説明するのは、「1.一般化/抽象化しない」ことの重要性です。
調査結果の面白さが一般化/抽象化で失われてしまった
このシナリオ研修において、研修生の皆さんは、与えられたテーマに沿ってオリジナリティある現状分析をするために、苦労して一次情報を集めました。
この調査結果を各自持ち寄って、ポストイットを使ったクラスタリング作業を行った段階では、面白いカードがたくさん出てきました。デスクトップリサーチや二次情報からは知り得ない、目新しい情報が一次情報調査によって集まったのです。
しかしその調査結果を、現状説明モデルに落とし込んだところ、情報が抽象化、一般化されて、どこかで聞いたような表現になってしまいました。出来上がったのは、オドロキや目新しさのない、どこかで聞いたような現状分析でした。一次情報で集めた面白さは、モデルの画面からは全て抜け落ちてしまったのでした。
シナリオ作成では、なんだか心をつかみ目を引かれる「言葉」に注目し、大切にする
シナリオ作成プロセスにおける、現状の「モデル化」は、「一般化」や「抽象化」ではありません。
現状調査で集めた目新しい具体的な情報、なんだか心をつかみ目を引かれる言葉、そういったものを大事にする必要があります。ある一つの特別な言葉や単語が、シナリオの構成に決定的な影響を与えることもあります。
たくさんの情報を集めた上でモデル化するため、情報の取捨選択や言葉の言い換えが起きます。ただし、具体を全て捨て去って抽象化・一般化してしまっては、とんがったものを削って丸めてしまうのと同じこと。そこからはオリジナリティあるシナリオは作れません。
なぜオリジナリティのあるシナリオが大切なのか。それは、シナリオの目的は将来を予測することではなく、聞き手に驚き、発見をもたらすこと、それにより聞き手の視野を広げることだからです。
そして、オリジナリティのあるシナリオを作るには、オリジナリティある現状分析やオリジナリティあるインプットが必要です。シェルシナリオチームは、オリジナリティある視野・視点を持って現状を観察している特別な人を、RP(Remarkable People)と呼びました。研修ではRPの声を聴く代わりに、一次情報調査を行ったわけです。
しかしながら研修生の皆さんが行った現状のモデル化の過程で、情報が抽象化・一般化されてしまい、オリジナル要素が消えてしまいました。オリジナル要素が消えた現状分析から出てくるシナリオは、必然「どこかで聞いたことがあるシナリオ」になってしまいます。
それでは、失敗です。
ある一人の目新しい意見が持つ価値とは
私は講師として、研修生たちにこの点をフィードバックし、この日の現状説明モデル作成では、オリジナリティを出すためにテーマカードはオリジナリティある一次情報を残して短文形式で書くよう求めました。抽象化して書いたり単語で分類化してはいけない。
すると、研修生から、鋭い質問が上がりました。
「一次情報を使わなかったのは、ある一人に対する取材がその現状を代表する情報とは自信がなかったから。統計情報やコンサルタントのレポートに掲載されている情報の方が、ある一人に取材した一次情報より信頼性があると考えた。だからそちらの情報を使った。私たちが取材した一人の意見が、それほど重要なのか?」
それに対する私の答えは、yes。取材した一人の意見が重要。なぜならば、専門家ですら将来予測は不可能、というのがシナリオプランニングの重要な考え方だからです。
チームが独自取材したある一人の目新しい意見(一次情報)は、インターネット上で閲覧できる専門家の意見や統計情報と同じ価値、あるいは、更に大きな価値を持つ。良くあることなのですが、二次情報で手に入る専門家の意見や将来予測はある一つの将来像を示していることが多いです。それに支配されては、複数の異なる未来展開=シナリオは描けない。
複数の異なった未来シナリオを描くためには、強制的にでも、違う未来の見方、目新しい意見が必要なのです。シナリオの作り手側の視野が狭くては、発見のあるシナリオは作れないのです。